「まあわっしも酔狂だね。それを信じたのさ。村の衆があれだけおっかながる娘の言うことだものよ。わっしはよそ者だから、それを真に受けたってまあ、一度は村八分にされるようなこともあるめえと思ってね」
 何度もした自慢話なのか、鍛冶屋の言葉はなめらかで、上機嫌に水を足し胡椒で酸味を消した安ワインを飲み干した。
「そうしたらどうだい。夕刻頃だったかね、近在の大地主様から呼び出しがかかってよ。馬車を大急ぎで直したい、ってんだ。いつも通りに仕事をしてたら、炭も鉄も足りなくなるような大仕事でね。いや店を開けなくてよかったってものさ。それで、わっしは大地主様に気にいられて、商売が上手く行くようになったんだよ」
「なるほど。ジャンヌの天啓のおかげというわけですね」
「まあそうさ。信じて本当によかったよ」
 上機嫌に笑った後、男は無邪気に付け加えるのを忘れなかった。
「けれどもね、まああれは普通じゃないよ。わっしらとは違うのさ。結局ね、おつむのどこかが天国につながっているような娘とは、関わりを持つものじゃないよ」
 悪気はなかった。
 異能を阻害する心性とは、そのようなものなのだろう。
 だが、そのような善意が、ジャンヌを悪魔憑きの巫女と呼ばしめる原因になっていることは、疑いのない事実だった。

 *

(まただ)
 もう幾度、その夢を見ただろう。
 ジャンヌ・カグヤ・ダルクは炎に包まれている。自分を魔女、とののしる声が聞こえる。
 信じたものに裏切られ、理想は地に落ち、ただ紅蓮の炎だけが自分に報いる。
 炎。
 その炎の中に、今ひとりの影が見える。
 紅蓮の炎を笑い飛ばすように、歌っているようにも、舞っているようにも見える、荒々しい男の姿。
(あなたは、誰?)
 炎が荒々しく、人の姿を取る。
 間違いない。
『蘭丸よ!』
 男の声がした。
 割れ鐘のような、雷鳴のような、世界をその手に掴むことを微塵に疑問にも思わぬ男の声だった。