「これでよろしいでしょう」
ダ・ヴィンチは汗一つかいていなかった。
まるでほんの少し裏庭に散歩に出たような気軽さで、自分の仕事を終えてみせた。
「感謝の言葉もない」
ラクシュミーはそれだけ言うのが精一杯だった。今さらのように、《イクサヨロイ》という戦争の形そのものを変えてしまう神代の兵器を蘇らせた天才が目の前にいるのだ、という事実を反芻していた。
「一つ、お伺いしてもよろしいか、ダ・ヴィンチ卿」
「なんでしょう」
「なぜ、貴兄ほどの技師がこのような辺境の地に?」
「ああ」
ダ・ヴィンチはひどく意外そうな顔をして、少し少年のように照れて見せた。
「少女を探しているのです。ジャンヌ・カグヤ・ダルクという名の。この近くの村に住んでいる、と聞きました」
「……ジャンヌ」
記憶の欠片の中に、その名前があった。あまり愉快な思い出ではなかった。
「ご記憶が?」
「ああ。近在の領主を訪れた折に、会ったことがある。さほどに珍しい出で立ちをしてもおらぬ農家の少女でしたが、不思議な気品を感じたな」
「彼女は、なんと?」
ダ・ヴィンチの瞳が好奇に輝いた。あまりにも子供っぽい、冷静さの欠片もないあけすけなものだったので、ラクシュミーは少しおかしくなって笑った。
「シニョーリ、私は冗談を言っているつもりはないのです」
「失礼! 貴兄のような偉大な芸術家(アルチザン)がそれほどに、辺境の少女ひとりに心を寄せるのが少し不思議でな」
笑ったのは何年ぶりだっただろうか。
「それは違います。偉大な芸術というのは、あらゆる価値から自由であるところにあるのです。野辺の花にも、キャメロットの黄金にも、等しく美を見いだすのです」
「彼女は……」
少し居住まいをただした。言葉にするには、わずかに勇気が必要だった。《カサドール》の輝く装甲を見上げ、それに乗っていた人のことを思い出した。
「私の夫が死ぬ、と言った。戦いの中で、炎に灼かれて」
「なるほど。そして、どうなりましたか?」