「そうですね。では、私にももう一杯」
「ああ、何杯でも開けてくれたまえ。《西の星》が誇る葡萄酒だ。《東の星》のサケにも劣るまい」

「米を原料に作るというあの酒ですか。タカマガハラなる地から輸入されてきたものを何度か飲みました。奇妙な味ですが、魚介とマリアージュするなら白ワインよりも私は好みかもしれません」
「確かに。かの地は水路が多く、水が豊富だ。我々の乾いた土地とは違う。葡萄はほどよく乾燥している必要があるが、彼らの稲は我々の陸稲と違って水の中で育つのだな。水と緑の多い星だよ」
「円卓騎士、アドミラル・マゼランがかの星に赴かれたと聞きましたが」
 双子星である《東の星》と《西の星》は龍脈と呼ばれる光の道によってつながっている。かつては往来が盛んだったという神話もあるが、現在では限られた船が、《東の星》タカマガハラなる土地にのみ立ち入りを許されるだけだ。そして、《東の星》の者たちが《西の星》を訪れたことは、ダ・ヴィンチが知る限りはない。
「ああ。アーサー王は《東の星》に強い関心を持っておられる。この星の偉大な指導者としては当然のことだろう」
 それだけではあるまい。
 ジャンヌを求め旅する途上で、ダ・ヴィンチは《西の星》のそこかしこで、様々な行き詰まりを見て来た。それを打破するための戦争。《イクサヨロイ》による《東の星》への侵攻。それを考えないとしたらむしろどうかしている。目的のない軍が、これほど生き生きとしているはずがない。ましてカエサルほどの男が。
 だがダ・ヴィンチはそれを口に出さなかった。カエサルもあえて語らなかった。語ったところで、ふたりの間で戦争の是非を問うような青さはない。お互いが思うところを粛々とやるだけだし、それでよいと思っていた。そのような男の、酒を通した無言の会話があった。友とはそのようなものであった。
「そういえば、一度聞いてみたかったことがあるのだがね、ダ・ヴィンチ卿」
 二本目のボトルを半分ほど開けたところで、上機嫌になったのかカエサルは話題の向きを変えた。
「なんでしょう」
「一体、君の占いとは何なのだろう。面と向かって聞いたこともなかったが、実によく当たると評判だ。私の見たところ外れたことはない」
「それはそうでしょう、シニョール・カエサル。占いとは当たるものなのですから」
「その秘訣は、やはりタロットにあるのかね」
 難しい問いだった。普段ならはぐらかして答えないところだが、ダ・ヴィンチもその夜は機嫌がよかった。何しろ、目指すドン・レミの村はあと一山越えたところなのだから。