遠方からの観察で得られる情報はこれ以上はないだろう。不審を招き、村を混乱させることで観察に異分子を混入させるべきではない。
 いつもならば、ジャンヌの元を訪れ、語り合って占いを行ない、その人品を見極めるところである。
 だが、ダ・ヴィンチの見るところ、占いを行なうにしても観察が不足していた。
 もし彼女が待ち望んだ天啓の持ち主ならば、見極めには慎重に慎重を期す必要がある。花が咲かぬと焦って苗を引き抜いてダメにするような愚行は犯したくないものだ。

 *

「気味の悪い娘だね」
 背負子の子供をあやしながら、胴回りがダ・ヴィンチの倍もある太ったおかみさんはジャンヌのことをそう評した。
 夕食前の忙しい時間に、得体の知れぬ旅人の話に付き合ってくれるのは、錬金術師の提示したチップが少なからぬ額であったからだ。
 もちろん少なからぬ、というのは農家の主婦の視点であって、ダ・ヴィンチからすればはした金に過ぎぬ。巨大な《イクサヨロイ》を保守運営開発するための費用に比べれば、ほんの螺子一本程度のものだ。
「気味の悪い、ですか」
「ああ、そうさ」
 おかみさんは顎にたまった汗を拭きながら、もう一度繰り返した。
「未来が見えるっていうんだから、そりゃあ気味が悪いものさ」
 その言葉には、自分と異質なものを排斥することにいささかの疑問も持たない偏狭さと、それによって家族を守って来たのだという善良な自負があった。
 だが、それについて論評することはダ・ヴィンチの目的ではない。俗人はいずれそのようなものなのだから、それはいい。
 重要なのは、彼女の言に、ジャンヌの持つ未来予知への疑念がいささかたりともない、というその事実である。
「この間も、崖のそばの道が崩れる、って言うのさ。大騒ぎでね。ありゃあ、三日続いた長雨の後の日だよ。まあいつものことなんだけど、当たるんだよ。だからみんな、その日は道を使わないことにしたのさ。けれども、行商人のルイス・デ・メンドーサだけは信じなくてねえ。何しろやっこさん、三日もこんな村に閉じ込められていたから、どうしても崖道を通って荷を運ばないと首をくくることになっちまう、ってんだ。ジャンヌは大分止めたみたいだけど、まあ娘っ子が大の男を止めるなんて無理な話さ」
「どうなったんですか?」
「当たったのさ。予言がね」