きらびやかな表通りを離れると、裏路地は饐えたアンモニアと人の体臭が入り交じった雑然とした空間が広がっている。帝都に来れば食いつなげるだろうと考えた流民たちがならず者になり、かつての自分たちと同じような弱者から銅貨一枚までむしり取ろうとしている、そんな場所だ。
彼が試作中のイクサヨロイ《ヴィットーリア・アブソルーテ・マーク・ディエチ》の起動には未だ多くのハードルがあったが、ダ・ヴィンチはその日も路地の一角に占いの小屋を出していた。
占いで糊口をしのいでいるわけではない。本業はあくまで錬金術師であり、占いは人間観察の手段である。
(人を知ることが真理への道へつながる)
それがダ・ヴィンチの信条であった。
が、今日の客種の悪さと来たらひどいものだった。
愚にも付かない姑の愚痴を垂れ流す主婦、ありもしない陰謀劇を目撃したと主張する学生、自分ひとりの頭の中にしかない運命の出会いを信じる夢見がちな乙女。
裏通りの占い小屋を訪ねるような人間に上品さとかそういうものを求めているわけではなかったが、その日はいささか、人間というもののくだらなさばかりを見せられる、そのような印象すらあった。
(小屋を畳んで研究室に引き上げるか)
そう考えた時であった。
夜目遠目も傘の内というが、薄い布の天幕をくぐって現われたその女は、掛け値無しに美しかった。
白金と金の中間程度に見える髪に雨の雫が垂れるのもさりながら、冷え切った肌を透かすように輝く青い瞳が、まるでこの世のものではないかのようだった。
一目見て、
(ただ者ではない……)
ことをうかがわせる、そのような女である。
均質の取れた美しい肢体を、飾り気のない衣服で隠してはいたが、わずかに体重が左にずれる。拳銃か短刀を懐に呑んでいるに相違なかった。およそ堅気であるはずがない。まして、このような雨の夜に。
「どうぞ、シニョーリ。まずはお座りください。大丈夫です。この小屋には夜警はやってきません。そういう仕掛けになっております」
「……何を知っているの?」
「私は占い師です。シニョーリ。天文を見、人相を見ます。そしてあなたを待っていました」