戦いは、日の出に少し遅れて始まった。
出撃してきた《イクサヨロイ》は二機。いずれも《ファルコ》型だ。
「ラクシュミー・バーイー! オレの女になれ! オレとともに船に乗り、《イクサヨロイ》でアーサー王の首を跳ね、人民を解放するんだ!」
《イクサヨロイ》の装甲の上で胴間声を張り上げる一揆衆の頭目(アタマン)、スチェパン・ラージンという男はいかにも山出しの蛮族、と言った出で立ちの毛皮に曲刀、という姿だったが、威風は堂々として姿勢には隙がなく、声には人を惹きつけるものがあった。
(ただの農民ではない。どこかの貴族か軍人が崩れたな。人に命令し慣れている男だ。あのシャルロット・コルデーにどこか似ている)
それが遠めがねで戦況を観察するダ・ヴィンチの偽らざる感想だった。
《イクサヨロイ》の出撃した戦場は、ほぼ《イクサヨロイ》同士の戦いになる。巨大な人の形をした兵器、アーサーの軍隊の象徴ともいうべき絡繰人形には、歩兵も砲兵も騎兵もほぼ無力だ。《イクサヨロイ》と戦える者はいないのだから、敵の《イクサヨロイ》をことごとく破壊すればそれで戦いは終わる。
「世迷い言を! スチェパン・ラージン! 貴様が降伏すれば、他の者の罪は問わぬ!」
城を背にして朝日を受けて立つラクシュミー・バーイーは美しかった。スチェパンならずとも見とれるだけの価値があった。
「優しく言ってやったつもりなんだがな! フロル、我が弟! 突撃だ! あの女を操演席から引きずり出してやれよ!」
スチェパンの号令一下、もう一機の《ファルコ》が動いた。手に握られているのは巨大な鉄柱だ。武器の調達が間に合わなかったのだろうが、《イクサヨロイ》の膂力で振るわれれば、《カサドール》をたたきつぶすことくらいはできる。
(だが、あの《ファルコ》はまともな整備を受けていない。私が産みだした芸術からはほど遠い)
巨大な鉄柱が、《カサドール》の頭めがけて振り下ろされた。
《ファルコ》は《カサドール》よりも頭ふたつは大きい、対《イクサヨロイ》用の機体だ。その出力は、技術実証用の初期量産型である《カサドール》をはるかにしのぐ。
す、とラクシュミーが機体を一歩、いや半歩だけ横にずらす。それだけで十分だった。
巻き上げられた土砂が、二機の鋼鉄の巨人を包む。
「これで!」
女領主の《カサドール》が手にした曲刀を振り上げざま、《ファルコ》の左足付け根の関節を正確に切り裂いた。
どう、と《ファルコ》が倒れ込み、自重ですでに整備に無理が来ていた機体が崩壊する。人に数倍する巨体を歩かせているのは芸術的な技術の賜だ。それから切り離されれば、物理法則の限界を超えることはできない。
操縦者は死んではいない。慌てて潰されたコクピットから這い出してくるのが見えた。