ドン・レミ村の麦畑を、風が渡っていく。麦穂の立てる音に包まれながら、ジャンヌ・カグヤ・ダルクはその風の音に耳を澄ませていた。
世界が変わる時、というのは徐々に移り変わるようなことはない。
ジャンヌ・カグヤ・ダルクは天啓を身に宿すが故に、そのことをよく知っていた。
ざわ、と麦畑を渡る風の向きが変わる。
沈みかけた木漏れ日が麦穂を透かして、奇妙な文様を描いて見せた。光が、ジャンヌの影と混ざって、東へと延びる輝く樹木のように見えた。
天啓はいつも、世界の変化を告げる。
それはたとえば、冬の訪れを告げる初霜。
あるいは、夏を連れて来る春の豪雨。
いつも人は、世界が変わる時、いつの間にか変わっていたのだと思い込む。
それは変化に気付かなかった己の怠慢を慰めるためなのか、それとも世界のもっと細かな移り変わりの機微を皮膚で感じ取っているが故の繊細さなのか、ジャンヌにはわからぬ。
ただ、
「風が、変わった……」
その確信だけがあった。
自分はこの風に吹かれてどこかへ行くだろう。流されるのではなく、自分の意志で行くだろう。行かなければならないのだろう。
それはジャンヌの確信だった。
焚き火に手を突っ込めばやけどすることがわかっているように、肥沃な土に埋められた麦が芽を出すように、自分の運命が大きく流れ出す確信が、その木漏れ日を見たとき、ジャンヌの魂に宿ったのだ。
そのようなことを言えば、村人たちも、巡回の役人も皆笑うか、最後には嫌悪の目で彼女を見る。
だがいつも、彼女には見えているのだ。
それは立証できるようなものでも、説明出来るようなものでもない。
ただ、風が彼女の金色の髪を揺らすのと同じように、彼女の運命がまた大きく揺れていることを感じるのだ。
今朝食べた蕎麦粉のガレットの味を、それを食べたことがない者に説明出来ないのと似ているかもしれない。そういうものなのだ。
だからジャンヌは騒ぎもせず、慌てもせず、ひどく落ち着いた心で、自分の運命を変えるであろう男の到来を待つことにした。
(あの子牛は助かったのだし、それできっと世の中は正しく動いているのだろうから)
そうも、思った。
ノブナガ・ザ・フール Minor Arcane
『Knight of Pentacles』