「え?」
 す、とダ・ヴィンチは立ちあがった。観察は終わり、結果は得られた。後はそれにしたがって行動するのみだ。
「工房をお借りします。あなたの《カサドール》もね」

 *

 それから先のダ・ヴィンチの作業は、まさに神業だった。
 長い戦いで破損した《カサドール》の装甲を外して軽量化し、あるいは代用品に取り替える。
 クオンタム伝達に用いられる光繊維をバイパスし、断線していた部分を回復する。
 機能不全に陥っていた左腕を肘から取り外して予備のブレードを取り付け、武器腕に変更する。
 もちろん工房の技師たちの力を借りてのことであったが、ダ・ヴィンチの体が動く速度は、まさに神がかっていた。《カサドール》の修理を始めたのだ、とラクシュミーが気付く頃には、もう作業工程の三分の一は終わっていたのではないか。
(凄い)
 ラクシュミーにはその独断専行を止めるつもりはまるでなかった。
 ダ・ヴィンチの作業は、絡繰人形をただ整備するというものではなかった。それは芸術だった。破損した彫刻や絵画を修復することで、新しい意味づけを行ない、より素晴らしいものへと変えるのに似ていた。
 聖堂を補修する宮大工のように、師の遺作を引き継ぐ絵師のように、石の中から神々の像を取り出す彫刻家のように、錬金術師の作業はあまりにも丁寧だった。
 初めて彼と出会ったはずの技師たちが、喜びと尊敬に満ちた眼差しでダ・ヴィンチの指示を聞いていた。事実彼らは死ぬまでこの夜のことを語り継いだ。神に似た偉大な人に出会い、その芸術に触れた衝撃を。その中の何人かは、不世出の名工と言われるようになった。ダ・ヴィンチの指は、瞳は、それほどに美しかった。
 彼の作業そのものが、ひとつの芸術だった。完成された世界だった。
 ラクシュミーは夫が死んでからもう世界に美しいものはないと思っていた。だが、それが偽りであることを実感していた。
 だからその作業に口を挟むようなことは何ひとつしなかった。ただ、求められるままに資材を提供し、人員を呼び出し、亡夫の残した《カサドール》がかつてのように、否、かつて以上の輝きを帯びていく様を、畏敬に満ちた眼差しで見守っていた。

 *

第2話~後編~へつづく