「そのとおりです、セニョール・カエサル。そして同時に、これこそが私がタロットを好む理由でもあります」
「鶏の骨ではみすぼらしい、という理由ではないだろうが、何かね」
「いえ、まさにそのみすぼらしさが問題なのですよ」
ダ・ヴィンチは鶏の骨を手にしてナプキンで拭き、形のよい指で一回転させてみせた。
「つまり、私が行なう占いというのは総合的な観察とそれによって得られた洞察によって、人に道を示すものです。ほとんどの場合、占いを受ける人間は自分の中に答えを持っているのです。カエサル卿が頭痛を自覚しておられたように」
「確かに。自分なりの答えがないことは、そもそも占ってもらおうと思わぬだろうしな」
「そうです。ですが、納得する材料が欲しいのです。多くの方は。かつて人が占いを始めた時は、鶏の骨や石ころでもよかったのでしょう。事実今でも、辺境の占い師はそのようなもので占います」
ダ・ヴィンチは鶏の骨を片付け、もう一度手を拭いてからカードを取り出した。
「ですが今はこのようなものを使います。カードだけではありません。ウィジャ盤、占星術、手相、人相……。何らかの客観的に見える媒体が求められるのは、占いがただの観察や分析ではなく、納得できるもの、と理解するための舞台装置なのです」
「同じ情報でも、伝えられ方によって受け取り方は違う。確かにそうだ。兵たちも、女たちも、皆そのように考える」
「そうです。古代ならば、殺したばかりの羊の内臓や投げた小石でも人々は納得したでしょう。ですが今は、磨き上げられた水晶や計算された星々の動きでなければならないのです」
もちろん、その占いの過程によって導かれる反応そのものも観察に使うわけですが、とダ・ヴィンチは付け加えた。
「なるほど。しかし、それでは科学が発達し、上古の偉大な技術が君たちアルチザンの手によって蘇るルネッサンスの世ともなれば、いずれそのようなものは必要なくなるのではないだろうか。科学によって立証されたこと以上に確かなことはないだろう」
「……おそらく、そうはならないでしょう」
ダ・ヴィンチの言葉には、わずかな諦観めいたものがあった。
「科学は複雑化していき、その立証の過程は専門家にしかもはや理解できません。市井の人々は科学者の言葉を、ただ耳に心地よいかどうかで受け入れるか、さもなければ気にいらぬ陣営の言葉であれば排斥するようになるでしょう。むしろ科学が発達すればするほど、科学は占いに近づくのではないでしょうか」
「なるほど。そうなるのであればなおさら、我々には偉大な王が必要ということになるな。しかし……それでは、神秘や奇跡と言うべきものは、この世には存在しないということになるのか?」