祟りを恐れるように、おかみさんは声を潜めた。
「崖崩れだよ。道の端がバキ、って河に転がり落ちてね。ああ、ちょうど荷馬車ごとさ。ルイスは荷馬車ごとごろごろっ、と転がってそれっきり」
「なるほど。ありがとう、シニョーリ」
「あらやだ、お嬢様なんて呼ばれるような身分じゃないわよ、もう、この女殺しィ」
 おかみの太い腕で背中を叩かれるのには閉口したが、少なくとも成果は得られた。



「ジャンヌか! まあそうだな、大きな声じゃあ言えないが、あの子は確かに未来が見えるんだよ」
 好色さ半分、畏敬半分と言った顔つきで、ホアン・デ・カルタヘナと名乗った村の鍛冶屋は酒臭い息を吐き出した。
 村の酒場の片隅で飲んでいたこの男にダ・ヴィンチが話しかけたのは、ジャンヌと同じく、村の輪から微妙に弾かれた人物だったからである。
 鍛冶屋は村になくてはならないが、同時に農民ではないから村の中では特別な地位を得る。ひどい時代には、鍛冶屋の足首を切って、村に閉じ込めて一生働かせるような蛮行すらあったらしい。話を聞くにはうってつけの人物だった。
(それに何より、鍛冶の腕がいい。この仕事は、誠実なものだ。職人の腕は、信じるに足りる。たとえ魂が堕落していたとしても、技術は魂を凌駕する)
「まあそうだなあ。儂は昔はこれでもな、マゼラン艦隊にいたんだよ。船乗りだったのさ。《東の星》へだって行ったんだぜ」
「ほう」
 酒精の奥に、確かな知性の光があった。
「龍脈を渡る時の事故でよ、腰をやってしまってな。それで艦隊にいられなくなって、この村の鍛冶屋に落ち着いたのさ」
 半分は嘘だな、とダ・ヴィンチは考える。
 この酒臭い男が腰を悪くしているのは事実だが、それは事故によるものではなくて、鞭打ちによる後遺症だ。腰に集中的に鞭を受けて、神経をやられたものの典型的な症状だ。マゼランの艦隊で何か犯罪をやらかして艦を追い出されたのだろう。
 だが、それは問題ではない。掘り返したところで、ケチな鍛冶屋のケチな過去を見つけるだけのことだ。
「そのあなたから見て、ジャンヌ・カグヤ・ダルクには超常の力がある、と?」
「ああそうさ。いいかい旦那。あんたは俺の鍛冶の腕を一目見て、その仕事をわかってくれた。だから話すんだ」
「わかっています。もう一杯ブランデーを?」