それは確かに《イクサヨロイ》だった。
人を模し、人のごとくに動く、しかし断じて人ではない機械人形。
アーサー王の宮廷の持つ最強の武器、あらゆる戦場において勝利を約束する究極の兵器。
その瞳が、ダ・ヴィンチを見た。
賊の類いではない、と判断したのか、《イクサヨロイ》が一歩引いた。
「まずい」
声に出た。
元来、《イクサヨロイ》の足は沼地であろうと山地であろうと、砂漠であろうと雪原であろうと踏破する力を持っている。人間を模した、否、人間をはるかに越える柔軟性と衝撃吸収力を有しているからそれが可能なのだ。
だが、眼前の《イクサヨロイ》の重量バランスは明白に狂っていた。例えるならそう、そこが新雪であることを知らずに一歩を踏み出す子供のように、あるいは若かったころの感覚で走り出す老人のように。
ぐらり。
人間ならばわずかにかしいだ、というところだろうが、人間に数倍する巨大な人の姿をした機械《イクサヨロイ》のそれは、建物が倒れるに等しい。
《イクサヨロイ》の踵からアンカーが展開された。本来は射撃姿勢を安定させるためのものだ。
(それをこの速度で展開できるのは、操縦士は並の腕ではない……! とすれば――)
だが、倒れつつある機体にアンカーで制動をかけるとなれば、操縦士には相当な衝撃がかかるはずだ。よほど操縦士は善良か、あるいは無謀な人間と見える。
巨大な影が、このような時でも観察をやめようとしないダ・ヴィンチめがけ倒れて、もうもうたる土煙を上げた。
*
「まさか貴兄があのレオナルド・ダ・ヴィンチ卿とは。《イクサヨロイ》乗りにはあるまじき振る舞い。お詫びの言葉もない」
操縦士は若い女だった。
名を、ラクシュミー・バーイーという。よく鍛えられた褐色の肢体を乗馬服に包んだその出で立ちは、貴族の令嬢が道楽で《イクサヨロイ》を乗り回しているのではなく、何年もの間戦場を往来してきたのだろう、と想像させるものがあった。
「いえ。気にすることはありませんよシニョーリ・ラクシュミー。半分は私にも責任があります」