「タロット?」
「ええ。本来ならば五十六の小アルカナも組み合わせるのが本式ですが……まずはあなたがわかりやすいほうがよろしいでしょう」
「面白い男ね」
女の唇が、歪んだ月のような微笑みを見せた。
そこだけがまるで血のように赤い唇だった。
「ノン、我々錬金術師は道化(アルレッキーノ)ではありません。彼らは既成の秩序の外に立つ存在ですが、私たちはその中にいて探求の旅を行なう存在です。どうぞ、かき混ぜて。時計回りに」
「これでよくて?」
女の白い指が、タロットを混ぜる。それは小さな世界、時空の流れを模したものだ。占われるべき人間がタロットを混ぜることは、世界とタロットの間に経路(パス)が結ばれることに他ならない。
「では、最後にお名前をうかがってもよろしいですか、シニョーリ。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。あなたに最高の晩餐をもたらす錬金術師です」
「晩餐?」
「そう、晩餐です。星の運命が巡り合わせたあなたという人をもてなすことが、私の喜び」
「なるほど」
にっこりと女は笑った。とろけそうな笑みだった。
「私はシャルロット・コルデー」
女は美しかった。
反王室テロリストとして指名手配書に書かれているよりはよほど美しい、凄みのある美しさだった。
(私はこの女に晩餐を施すために、この夜にたどりついたのだ)
それがダ・ヴィンチの確信だった。
第1話~後編~へつづく